双極性障害Ⅰ型で主婦な日々

双極性障害Ⅰ型の主婦の日常生活あれこれ。

耳と発音がおかしかった話

昨夜はmixiで健常者の方から、「メッセージのやり取りをしませんか」とメッセージが来ていました。私はmixiは双極性障害の方とのみマイミクしているので、迷いましたが、「私は双極性障害者です。それでも良ければ、よろしくお願いします」と返しました。


その方は気にせずにいてくれたので、メッセージのやり取りをする事になりました。現実の世界では、絶対にカミングアウトできない事でも、ネットだと気楽ですね。嬉しい事です。


昨日までの娘の工作は、ほとんど私作と書きましたが、その後、娘は沢山の写真の追加とメッセージを書いて、愛情溢れる娘の作品に上手く仕上げていました。私がパソコンでチクチク加工した写真も、教えた訳でもないのに、スマートフォンでサクサク加工していました。柔軟性と臨機応変さに若いって素晴らしいと感心しました。


そういえば私は子供の時から、いつも完璧を求め、いつも背伸びして、頑張り過ぎて疲れ果てている事が多かった様です。母からも指摘され、口癖がいつも「疲れた」でしたから。


娘はほとんど「疲れた」と言いません。これは小学生の時体力がつく様に心がけて育てたのと、母の隔世遺伝かもしれません。多分、娘は鬱病にも双極性障害にもならないでしょう。ホッとします。


私は生まれつき耳小骨欠損症という、耳の骨が足りない障害を持っていて、耳が難聴でした。難聴は小学生の時に手術をして治りましたが、耳が悪いせいで、言葉の習得がおかしく、自分ではきちんと喋っているつもりでも「り」や「ち」が発音できず、赤ちゃんみたいな喋り方をしていました。


小学生の時から、周りの友達や知らない子供や学校の先生から、事ある毎にそれをからかわれ、思春期の時にはその悩みでいっぱいでした。


何とか治したくて、その頃はネットなんてありませんでしたから、耳と言葉に関する本を読み漁り、これまた個人情報保護法なんてありませんでしたから、これと言う本の作者に「治す場所を教えて欲しい」と手紙を書いていました。


でも、返ってくるお返事は「幼児の治す場所はあるけれど、大きくなった子供や大人の場所は無い」ばかりでした。


大学生の時、恋をしましたが、この発音のせいで頭が悪い子と思われ振られました。


とても悲しくて、悔しくて、更に必死で本を読み、手紙を書き、やっと一ヵ所、治してくれる病院を見つけました。


治すのに一年かかると言われました。子供にとって一年はとても長いので絶望感で号泣しましたが、治す場所はそこしかなかったので、必死でしがみついて週一回通い続けました。


治し方は口の中に手を入れられ、発音の形を覚え、テープで声を録音し、耳で確認するという方法でした。自分の発音が嫌いでしたので、それはとても辛かったです。


わざと私を怒らせ、その時の発音も治される事も行われました。


そして半年たった頃、「予定より大分早く治りましたね。大人でここまできちんと通い治した方はあなたが初めてです」と言われました。また、嬉しくて泣きました。


その後、振られた人に告白までされ付き合う事になりました。


若い時のパワーとエネルギーは素晴らしいと思います。


今はそんな力はありませんが、それでも人生を諦めたくはないと思っています。


いつも読んでくださり、有難うございます。