双極性障害Ⅰ型で主婦な日々

双極性障害Ⅰ型の主婦の日常生活あれこれ。

発症と措置入院

鬱から双極性障害へと病名が変わった時は断片的に覚えています。


それは3月末に引っ越しが終わり断酒を始めてから
1か月位たったGWの最終日でした。
引っ越しのスケジュールがハードだったのと
なかなか荷物が片付かないイライラとお酒の禁断症状(?)もあったのでしょう。
夫婦喧嘩が発端で、気が付くと私はODをし、左腕中をリストカットし
始末の悪い事にこれは覚えて無いのですが、娘を叩いた後、お布団に寝ていました。


これが私の記憶にある最初で最大の躁の発症時です。


話を続けます・・・
無言で出かけた夫が程無くして戻って来たと思ったら
警察を連れて来て
私は警察官に同行され署まで行く事になりました。


そこで形だけの問診があり、急遽措置入院(行政の命令による入院)を
命令される事になってしまったのです。


怒って抵抗した私は注射を打たれて気を失い
気が付くと抑制帯でベッドの上に張り付けられていました。
そのまま、鍵のかかった個室で抑制帯をつけられた一週間がたち
やっと、自由に外出できない閉鎖病棟に移されました。


幸いそこは鍵のかけられていない個室だったので
他の患者さんとの距離も丁度良く調整する事が出来たのですが
他の患者さんには面会者が来たり電話が出来るのに
何故か私は家族との面会は勿論、電話する事も許可が下りず
私は引っ越しが住んでいない家の事や娘の事が心配で
毎日看護師さんにそれを訴える日々が続きました。


これも後で知ったのですが面会も電話も許可されなかったのは
夫と母が面会も電話も拒んでいたかららしいです。


先生は毎日診てくれていて、いつの間にかカルテらしき書類に
私の病名が双極性障害と書かれていた事を不思議に思いました。


そこの病院は緊急病院だった為
1ヵ月ほど入院したら、今通院している病院に転院する事になり
そこでもまた同じく閉鎖病棟で、今度は大部屋に移されました。
ここでやっと週末の夫との面会や電話も許される様になりました。


ここの病院の先生にも私は双極性障害だと診断されて
これまでとは全く違うお薬が処方される様になりました。


転院した病院でも、入院生活は辛く、
時間がとても長く感じられました。
同じ閉鎖病棟の方が参加しているデイケアにも
私は措置入院という事で参加が許されませんでしたし。


ここは大部屋だった為、他の患者さんと話をする事もあり
皆入院〇〇回目とか入院して7年!とか
びっくりする位重篤な方が多くいらっしゃいました。
多分その時は私も同じ様に診断されていたのだと思います。


そして、私の場合3ヵ月目に退院出来る事になったのですが
当初の予定より退院が遅れたのは
児童相談所の許可がなかなか下り無かった為でした。


退院してからは強い鬱に悩まされ
本当に何も出来ない日が続いた為
娘は、夫が私の母と相談し、
母の家から学校に通う事になりました。
私は毎日一日中かけて2人分のお夕飯を作るのが精一杯で
それがその頃の毎日の目標でした。
勿論、お掃除やお洗濯はまだ出来ませんでした。
食事もほとんど食べられず、ここでも私は大分痩せました。


担当医のイケメン副医院長曰く
入院中は躁状態で強く退院を希望し、退院した途端
それをきっかけに鬱になる事も多々あるとの事でしたので
私は見事にそのパターンだったらしいです。


回復は、夫が週末連れて行ってくれる
たった5~10分のお散歩から始まりました。
そしてだんだん同じコースを一人でも行ける様になり
徐々に距離を長くし、そのうち自転車に乗って
遠いスーパーに行ける迄になりました。
 (冬は寒いのが辛くて挫けてしまいまだ駄目ですが)


夫曰く、鬱になったら少しでも運動した方が良いとの事で
私の場合はたった数分のお散歩からでしたが
確かに効果がありました。


そしてここから私の躁鬱生活が始まりました。